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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)770号 判決 1998年4月27日

平成七年(ワ)第七七〇号事件原告(以下「原告」という。)

新井花子こと

許花子

平成七年(ワ)第一九三七号事件原告(以下「原告」という。)

岩本益子こと

全壬分

平成八年(ワ)第四三九号事件原告(以下「原告」という。)

平山喜信こと

申喜信

平成八年(ワ)第四四〇号事件原告(以下「原告」という。)

大島恵子こと

金貞葉

右四名訴訟代理人弁護士

松重君子

大搗幸男

亀井尚也

小林廣夫

正木靖子

松本隆行

平成七年(ワ)第七七〇号、同年(ワ)第一九三七号、平成八年(ワ)第四三九号、同年(ワ)第四四〇号事件被告(以下「被告」という。)。

神戸市民生活協同組合

右代表者理事長

笹山幸俊

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

石丸鐵太郎

堀岩夫

中原和之

堺充廣

主文

一  被告は、原告新井花子こと許花子に対し四五〇万円、同岩本益子こと全壬分に対し一八〇万円、同平山喜信こと申喜信に対し八一〇万円、同大島恵子こと金貞葉に対し二七〇万円及びこれらに対する平成七年一月二四日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告新井花子こと許花子及び同岩本益子こと全壬分と被告との間に生じたものは、これを一〇分し、その一を右各原告の負担とし、その余を被告の負担とし、原告大島恵子こと金貞葉と被告との間に生じたものは、これを二分し、その一を右原告の負担とし、その余を被告の負担とし、原告平山喜信こと申喜信と被告との間に生じたものは、これを九分し、その四を被告の負担とし、その余を右原告の負担とする。

四  第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告新井花子こと許花子(以下「原告許」という。)に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成七年一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

被告は、原告岩本益子こと全壬分(以下「原告全」という。)に対し、二〇〇万円及びこれに対する平成七年一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

被告は、原告平山喜信こと申喜信(以下「原告申」という。)に対し、一八〇〇万円及びこれに対する平成七年一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

被告は、原告大島恵子こと金貞葉(以下「原告金」という。)に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成七年一月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告許は、平成七年一月当時(なお、以下の日付は特段記載のない限り平成七年である。)、別紙(一)(物件目録)記載(1)の建物(以下「許建物」という。)を、同全は、右当時、同目録記載(2)の建物(以下「全建物」という。)及び同建物内に動産(家財)を、同申は、右当時、同目録記載(3)の建物(以下「申建物」という。)及び同建物内に動産(家財)をそれぞれ所有していたものであり、同金は、右当時、同許から許建物を賃借して同建物内に動産(家財)を所有していたものである。(以下、右各建物を併せて「本件各建物」という。)。

(二) 被告は、神戸市において商法上の保険である火災共済事業を業として営む商人である。

2  本件各火災共済契約の締結

原告らは、被告との間で、それぞれ別紙(二)「火災共済契約一覧」記載の各契約年月日に、同記載の各共済契約目的物(以下「本件各目的物」という。)を目的として同記載の各契約期間・共済金額・共済掛金で火災共済契約を締結し、右各共済掛金を被告に支払った(以下、同記載の各火災共済契約をそれぞれの記載番号にしたがい「共済契約1」などといい、また、右各契約を併せて「本件各共済契約」という。)。

3  本件火災による本件各目的物の焼失及び原告らの損害の発生

原告らは、一月二三日午後七時四二分ころ本件各建物の近隣の細木謙次(以下「細木」という。)方建物付近から出火した火災(以下「本件火災」という。)によりそれぞれ本件各目的物を焼失し、別紙(二)記載の各共済金額相当の損害を被った。

4  よって、原告らは、本件各共済契約に基づき、被告に対して、原告許に対し五〇〇万円、同全に対し二〇〇万円、同申に対し一八〇〇万円、同金に対し五〇〇万円及びこれらに対する本件各火災共済契約における共済事故である本件各目的物の焼失の日の翌日である平成七年一月二四日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

(認否)

1 請求原因1(一)及び同2の各事実は認める。

2 同1(二)のうち、被告が神戸市において火災共済事業を行っていることは認め、被告の行う火災共済事業が保険であり、被告がこれを業として行う商人であるとの主張は争う。

3 同3のうち、本件火災が発生したことは認めるが、本件火災により、原告らにそれぞれ本件共済金額相当の損害が生じたことは否認し、それぞれの損害額は争う。

(主張)

1 本件各目的物について生じた損害と本件火災との因果関係について

本件各目的物は、一月一七日に発生した兵庫県南部地震(以下「本件地震」という。)により滅失したものであり、原告らの損害は本件火災によって生じたものではない。

このことは、本件火災が発生した付近の建物は本件地震により全壊又は半壊状態にあったこと、原告申は、申建物について、東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という。)との間で、保険金額を一〇〇〇万円とする火災保険に加入していたところ、本件火災による保険金は、同建物の経年劣化等から、約二五〇万円しか支払われなかったのであり、それについて同原告は何ら抗議していないこと、全建物については、本件地震により入口の戸が外れて斜めに倒れていたこと、許建物には、本件地震後送電が再開されたにもかかわらず、原告金は居住していないことの各事実に照して、明らかである。

2 原告らの主張・立証責任について

火災共済金を請求する者は、その損害が火災共済契約の対象の損害であること、すなわち、右損害が地震を直接あるいは間接の原因として生じたものでないことを主張・立証しなければならない。

原告らは、右主張・立証をしていないから、その請求は棄却されるべきである。

3 遅延損害金の割合について

被告は、消費生活協同組合法(以下「生協法」という。)に基づき設立された協同組合であり、神戸市域という限定された地域内における組合員の生活の文化的経済的改善向上を図ることを目的とするものであって、営利を目的とするものではなく、商法上の商人ではない。

また、被告の行う火災共済事業は、同じ社会的経済的地位に立つ組合員が相互に掛金を拠出して、火災による損害を生じた組合員に対し、その資金から金銭等の給付を行うという共済契約であるから、契約の一方当事者が偶然の事故により生ずる損害を補てんすることを約し、他方がこれに報酬を与えることを約するという商法上の保険ではない。

仮に、被告の火災共済事業に商法の保険の規定が準用されるとしても、本件共済契約は、保険者と保険契約者の団体が一致し、その共同の計算において相互に保険しあうという性格のものであるから、営利保険ではなく、相互保険に準ずるものである。そして、相互保険は、商行為ではなく、遅延損害金の利率は民法所定のそれによるから、本件共済契約についても同様に解されるべきである。

したがって、いずれにしても、被告の共済金債務に関する遅延損害金の割合については、商法五一四条の適用はなく、民法所定の年五分の割合によるべきである。

三  被告の主張に対する原告らの反論

1  本件各目的物について生じた損害が本件火災によるものであることについて

(一) 長田消防署長作成名義の火災調査報告書(甲八、以下「本件調査報告書」という。)中には、本件地震後、本件各建物付近の建物が全壊又は半壊状態であった旨の記載がある。しかし、右記載の根拠は示されていない上、建物を特定し個別具体的な判断をしたものではなく、市役所の判定をそのまま記載したものにすぎず、本件各建物の損壊状況を示したものではない。

(二) 本件各建物付近に所在し、本件火災による焼失を免れた建物は、その後も住居として使用されていることからすれば、本件各建物は、本件地震後、本件火災により焼失するまでは存在していたことが合理的に推測される。

(三) 本件各建物は、以下のとおり本件地震によっても比較的軽微な損傷を受けただけで済み、家財とともに、わずかな損害しか生じなかった。したがって、原告らは、本件各目的物が本件火災により焼失したことによって、各共済金額相当の損害を被ったのである。

(1) 原告許について

本件地震当時、原告許は、路地を挟んで許建物の斜め前に所在する同人の長男許俊一(以下「俊一」という。)宅に居住していた。俊一宅と許建物は、トタン葺きと瓦葺きという違いがあるだけで同様の構造の木造二階建建物であったが、本件地震により俊一宅自体には何ら損傷はなく、家財も一階炊事場の茶碗が幾つか落ちたのと二階の整理タンスが傾きかけた程度であり、実損害は全くなかった。

原告許は、本件地震後、許建物に異常がなかったことを外部から確認し、同建物に居住していた原告金も、同建物に異常がなく、玄関ドアも普通に開閉できたことを確認している。

右事実に照らせば、許建物は、本件地震後も共済金額である五〇〇万円を下らない価値を有していたことは明らかであるところ、原告許は、本件火災により、許建物を焼失したことによって、右額相当の損害を被った。

(2) 原告申について

申建物は、本件地震により、玄関の壁が一部剥がれ、玄関ドアのガラス、浴室床に損傷を受けたが、柱が傾いたり屋根や瓦が壊れることはなく、家具も倒れなかった。

申建物は、昭和四七年に新築された木造二階建建物であり、本件地震の五、六年前に七〇〇万円をかけて改装したものである。右事実に照せば、申建物は本件地震後も共済金額一二〇〇万円を下らない価値を有しており、また、家財も、同様に、共済金額である六〇〇万円を下らない価値を有していたことは明らかであるところ、原告申は、本件火災により、申建物とその内部の家財を焼失したことによって、右額(合計一八〇〇万円)相当の損害を被った。

原告申は、申建物につき東京海上との間に別途住宅火災保険を締結していたところ、同社からは火災保険金二五〇万六一二〇円が支払われている。

(3) 原告全について

全建物は、本件地震により玄関ドアが斜めになった以外の損傷は受けなかった。したがって、本件地震後も全建物及びその内部の家財は共済金額合計二〇〇万円を下らない価値を有していたことは明らかであるところ、原告全は、本件火災によりこれらを焼失したことによって、右額相当の損害を被った。

(4) 原告金について

原告金は、本件地震当時、許建物に二人の娘と同居しており、一階に和洋タンス、和タンス、洋タンス、鏡台、水屋大・小、ビデオ付きカラーテレビ、冷蔵庫大・小、テーブル・椅子セット、洗濯機、クーラー各一のほか、有田焼等の高級食器類を多数置いており、二階には、洋タンス大・小、和タンス、カラーテレビ、ステレオ、ベッド、クーラー各一を置き、また、娘二人が多数の貴金属、宝石、衣類等を所有していた。許建物が本件地震後も無事であったことは前記のとおりであるから、右各動産は、本件地震後も共済金額である五〇〇万円以上の価値を有していたことは明らかであるところ、原告金は、許建物の焼失とともに、本件火災により右家財を焼失したことによって、右額相当の損害を被った。

2  遅延損害金の割合について

被告の行う火災共済事業は、組合員相互のためであることから募集経費がほとんど不要であり、その分掛金が安くなっていること、相互の連帯感が強いためリスクも比較的安定しており、剰余金が出れば相応の割戻しが行われること、共済金額の上限が定められていることなどの点に共済の特色を有しているにすぎず、全国共済生活協同組合連合会に再共済して全国的規模に及び、損害保険における異常危険積立金制度(保険業法一一六条)と同じ趣旨で責任準備金の積立てがされている(被告規約《以下「本件規約」という。》二九条)など、損害保険制度と同一の保険原理で運営されているのであるから、実質的には火災保険と同一である。これを「共済」と称しているのは、保険業法において「株式会社又は相互会社」でなければ保険事業を行うことができないとされているためにすぎない(保険業法六条、七条)。

また、平成四年度から同八年度における被告の火災共済部門の管理費及び事業費は、共済掛金総額の五八パーセントから八五パーセントを占めており、損害保険会社における通常の事業費率(三五ないし四五パーセント程度)と比較しても極めて高率であって、被告の火災共済事業が組合員の協力互助のために行われていたということはできない。

したがって、被告の火災共済事業には商法の規定が適用され、共済金債務に関する遅延損害金には商事法定利率が適用される。

四  抗弁(免責条項による免責)

1  本件規約における免責条項の存在と合理性

(一) 本件規約における免責条項の存在

本件規約二〇条は、「この組合は、共済の目的につき火災等によって損害が生じた場合であっても、その原因が次に掲げる損害に該当するときは、《略》共済金を支払わない。」と規定し、その(5)号で「原因が直接であると間接であるとを問わず地震又は噴火によって生じた損害」と定めている(以下「本件免責条項」という。)。

(二) 本件免責条項の合理性

(1) 被告の火災共済事業においては、通常の火災による損害を前提に、統計学的確立論に基礎をおく大数の法則に従って損害発生割合を算出して掛金率を定めていることろ、地震や噴火、戦争などを原因とする火災による損害は、発生頻度が極端に小さく、かつ、いったん発生すると膨大な損害が発生するため、大数の法則に則らないことから、「共済事業の対象からは除外している。

また、被告における火災共済掛金額の算出に当たっては、昭和五八年度から昭和六二年度までの五年間における火災発生率を基準としているところ、その間、巨大地震は発生していないし、巨大地震等による膨大な損害の発生を考慮したのでは、掛金額が極めて高額となり、火災共済事業自体が成り立たなくなってしまうので、そのような損害の発生は考慮していない。

(2) 被告の火災共済事業は、本件地震のように事業地域内において異常な損害が発生した場合に対応できる制度ではない。また、被告は、一八の共済協同組合による全国共済生活協同組合連合会を組織し、再共済制度をつくって危険の分散を図っているが、各共済協同組合はいずれも弱小であり、右連合会による再共済によっても、地震による火災によって生じた多額の損害について、共済金の支払に耐えることはできない。

2  本件免責条項の拘束力

本件共済契約は、本件規約に基づいて締結されており、共済契約当事者であって被告の組合員である原告らにも、本件規約及びそこに規定された本件免責条項の拘束力が及ぶのは、当然である。

また、被告は、火災共済契約を締結する組合員に、契約の都度(すべて一年契約)、「ご契約にあたって」と題する書面(検乙一〇の六、以下「本件契約書面」という。)を交付しているところ、右書面には共済金の支払ができない場合として「地震によって生じた損害」と明記されており、原告ら組合員は、地震によって生じた火災による損害が本件各火災共済契約の対象とならないことを知り得たはずである。

3  本件免責条項の解釈

(一) 本件免責条項の「火災」が延焼を含むことについて

本件免責条項にいう「火災」の文言は、本件規約中の他の規定で用いられている「火災」の文言と同一であり、本件規約は、「火災」と「延焼」を特に区別して規定していないことからすれば、右「火災」は、本件規約二条の二(1)号で定義されているとおり、「人の意思に反し又は放火により発生し、人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって、これを消火するために、消火施設又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態」をいうものと解すべきである。これによれば、本件免責条項にいう「火災」には、火元火災に限らず延焼火災も含まれるものというべきであって、これは火災についての一般的概念にも合致する。したがって、延焼火災であっても、地震を直接又は間接の原因としている限り、本件免責条項の適用を受けることになる。

(二) 本件免責条項の「損害」の範囲

本件免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震《略》によって生じた火災等による損害」とは、地震動による出火の場合のみならず、地震が直接又は間接に影響を与えたことによって発生もしくは拡大した火災により生じた損害を広く指すものと解すべきである。すなわち、地震の際には、地震で壊れた電化製品や屋内配線からの出火、避難生活で使用する火気からの出火、あるいは保険金詐取のための放火など、通常ではあり得ない出火原因が考えられる上、いったん発生した火災が木造建物の倒壊等により延焼することも多い。さらには、交通障害や断水等により消火活動が十分に行われないことからも、地震の際には、多数の大規模な火災が発生する可能性が高い。このような地震による火災の特質や、前記の被告の事業目的に照らせば、本件免責条項にいう「損害」は、当然、右のように広く解すべきである。

4  本件火災と本件地震との因果関係

(一) 本件地震の発生

(1) 一月一七日午前五時四六分、北緯三四度三六分、東経一三五度〇三分、深さ約一四キロメートルを震源とするマグニチュード7.2の本件地震が発生した。本件地震は、地殻の浅いところで発生した典型的な都市直下型内陸地震であり、その揺れは、被告の事業地域である神戸市周辺において観測史上最高の震度七の激震あるいは超震度七と測定された。

本件各建物が所在し、また、本件火災が発生した神戸市長田区梅ヶ香町(以下「梅ヶ香町」という。)一丁目は、震度七あるいは超震度七が記録された地域に属するか、あるいはそれに近接する場所に位置する。本件各建物の所在地から約二キロメートル西方のJR鷹取駅前に設置された地震計は最大加速度六三五ガル、最大速度一三八カインと観測され、右最大速度は驚異的な数値と報告されている。

(2) 一月一七日の本震後、同月三一日までに余震は一三二〇回に上り、うち有感地震は一五〇回を数えた。最大の余震は、本件火災発生後の同月二五日二三時一六分に発生した震度四のものであり、本件火災が発生した同月二三日にも震度三のもの二回を含め、四回の有感余震があった。

(二) 本件地震による被害

(1) 人的被害

本件地震による神戸市の死者は四五一二名、負傷者は一万四六七九名に上り、避難者の人数は、本件火災の翌日である一月二四日が最大であり、総数二三万六八九九名に及んだ。

(2) 建物

本件地震により、神戸市域において、合計五万四九四九棟の建物が全壊し、三万一七八三棟の建物が半壊した。本件各建物が存在した長田区は、最も建物の被害が大きく、一万二五一五棟が全壊し、四九九四棟が半壊し、全壊率は28.2パーセントにも上る。

(3) 交通

本件地震により、神戸市域及びその周辺における交通施設も著しい被害を受け、長期間にわたって交通が途絶し、また、混乱した。

(4) 電気関係

本件地震による配電設備の被害は、高圧総回線数一万二一〇九回線のうち六四九回線が損傷し、その結果、神戸市全域及び周辺都市を併せて合計二六〇万軒が停電した。特に関西電力三宮営業所管内では三二六回線が全部損傷したほか、同兵庫営業所管内では二七八回線のうち一二六回線が損傷した(被害率四五パーセント)。

(5) 水道

本件地震により、神戸市では、貯水施設破損五か所、上下水道施設破損一〇か所、送水施設破損五か所、配水施設破損一三か所のほか、多数か所で給・配水管が損傷し、その結果、神戸市が上水道を供給している六五万戸全戸が断水し、市内各所に配置されている消火栓も断水した。

(6) 火災

① 発生件数

神戸市域においては、本件地震直後から火災が多発し、三月六日までの神戸市における火災は、全焼七一一九棟、半焼三三一棟、うち長田区では、全焼が三九八六棟、半焼が八七棟であった。そして、本件地震後一〇日間の火災の発生状況は、神戸市全域において一七五件、うち長田区では二七件であり、これは、神戸市における平成六年中の一〇日当たりの火災発生件数の6.6倍、長田区におけるそれの10.8倍にあたる。

② 焼損面積

本件地震後一〇日間の火災による焼損面積は、神戸市において合計六四万二二一五平方メートル、うち長田区では合計三〇万三五五八平方メートルに上り、これは、神戸市における平成六年の一〇日当たりの焼損面積の二五五八倍、長田区のそれの五三六三倍にあたる。

③ 送電の再開による火災(以下「通電火災」という。)

神戸大学室崎教授の報告(乙一七)では、本件地震後三日間に発生した一七九件の火災のうち、原因が判明したのが七九件であり、そのうち電気関係が原因の火災が半数を超える四一件であったと報告されている。また、神戸市消防局の調査結果(乙二〇)では、原因の判明した九七件の火災のうち約半数が電気関係で、屋内配線に起因する電気火災も一三件あったと報告されている。さらに、警察庁科学警察研究所火災研究室の木下勝博の報告(乙二三)では、本件地震に基因する電気による火災一二六件がリストアップされ、その中には、本件火災も漏電が原因の火災として挙げられているほか、送電開始後数日してからの電気関係の火災が多数報告されている。また、同報告では、地震の場合には、電気器具や家具類の移動、落下、あるいは家屋の損傷により電気配線が損傷を受けて出火原因となる可能性が高いと考えられると指摘されている。

(7) 本件火災当日ころの社会的混乱状況

本件地震によって、神戸市域では、ライフラインが壊滅的な損害を被り、社会的に大混乱に陥った。本件火災が発生した一月二三日も、依然、以下のとおり社会は混乱し、不穏な状況が続いており、火災が発生する可能性が高く、また、一度出火すると火災へ転じ大火へと拡大する状況にあった。

① 小学校への登校の呼びかけが初めてされた。

② 東灘区では、LPGタンクの爆発の危険性から付近住民七万人に対して発せられていた避難命令が、一月二二日になって初めて解除された。

③ JR神戸線は甲子園口・西明石間が、阪急電鉄神戸線は西宮北口・三宮間が、阪神電鉄は甲子園・元町間が、山陽電鉄は明石以東が、神戸高速鉄道及び神戸市営地下鉄は全線が不通であり、一月二三日から代替バスの運行が開始されたが、極度の交通渋滞により円滑に運行されなかった。

④ 電気は、一月二三日午後三時に須磨区・長田区の二〇〇〇所帯が復旧したのを最後に、全市域に仮復旧が完了したが、現実には送電されていない家屋は多数あった。

⑤ 水道は、神戸市を中心に、六五万所帯で依然断水していた。

⑥ 都市ガスは、神戸市全域で供給が停止されていた。

⑦ 電話は、約六万回線が不通であり、使用可能な回線も通話が極めて困難な状況であり、近畿二府四県では、発・着信規制も続行中であった。

⑧ 避難者数は、一〇三七か所の避難所に約三〇万人に上り、本件地震後のピークを迎えており、トイレの衛生問題が生じ始めた。長田区における避難所数は七六か所であり、避難者数は四万四八六五人であった。

⑨ 道路上に倒壊した民間建物などは、解体費用の問題もあり、手つかずの状態であり、瓦礫の山が積み上げられて悪臭を放っていた。

⑩ 引き続き余震が発生しており、学者からは、余震による建物倒壊が警告されていた。

⑪ 各地で不明者の捜索がされ、生き埋めになっていた人々の救助が続けられていた。

⑫ 一月二六日になってようやく神戸市復興本部が設置され、本格的復旧が始まった。

⑬ 空き巣、バイク盗が多発し、自警団が組織されたところもあった。

(三) 本件火災の発生について

(1) 本件火災の発生時刻

本件火災は、一月二三日午後七時五二分ころ消防当局に覚知され、通報者である清水義彦(以下「清水」という。)は、同日午後七時四五分ころに、通路の南側約五〇メートル先で炎が上がったのを発見しているが、火災の潜伏期間を考慮すると、着火したのは右発見時の相当前と推定される。

② 本件火災の出火原因

本件火災の出火元は、細木方南東部あるいは原告金方(許建物)東北部と考えられる。その出火原因は、本件地震の強烈な地震動あるいはその後の余震により火元建物が半壊状態になり、それに伴って建物内の配線の一部に何らかの異常が生じて、送電の再開とともに発熱し、その熱により細木方一階南東部トイレ横に置いてあった灯油の付着したボロ布等が着火したものである。

(四) 本件火災が直接あるいは間接に本件地震に起因することについて

(1) 本件火災は、本件地震後六日目に発生したものであるが、前記のとおり、本件地震は甚大な被害を及ぼした大地震であって、本件地震後の一〇日間には、本件各建物が所在する長田区内においても、平常時と比較して火災が多発していたのであるから、本件火災も本件地震に起因するものと推定される。

(2) 本件火災は、前記のように、本件地震による建物の損壊に起因する通電火災である。

(3) 本件建物が所在していた付近は、本件地震によって建物はほとんど損壊し、本件火災当時は、原告らや火元とみられる細木方をはじめ、住民の多くが被災した自宅から避難して不在であったから、本件火災は早期に発見されなかった。その上、消防車の到着が平常の場合より遅れたことは想像に難くなく、さらに、付近は断水していたから初期消火は不可能であった。本件火災は、これらの事情から、拡大・延焼したものである。

(4) 消防隊の到着後も、断水等により消火活動が十分行われず、焼損面積七七二平方メートルの大火へと拡大・延焼したものである。

5  以上のとおり、本件火災によって本件各目的物に生じた損害は、本件免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず地震《略》によって生じた火災による損害」であるから、被告は、本件火災によって生じた原告らの損害について共済金の支払義務を負わない。

五  抗弁に対する原告らの認否及び反論

(認否)

1 抗弁1(一)の事実は認める。

同(二)の主張は争う。

2 同2の主張は争う。

3 同3のうち、本件火災による損害が、「原因が直接であると間接であるとを問わず地震《略》によって生じた火災による損害」であるとの主張は争う。

(反論)

1 本件規約の拘束力について

(一) 本件規約は、被告が事業を実施するにあたって被告自身を拘束するものである(本件規約一条)。また、本件規約中には、被告に共済契約を申し込む者に対して、本件規約のうち契約の内容となるべきものを提示しなければならない旨の規定(三条)があることからすると、本件規約は、それ自体で原告ら本件共済契約者を拘束するものとはいえない。

(二) 原告らに対し、本件契約書面に記載された事項が契約内容となるためには、被告が、契約締結前に、原告らに記載事項を提示して説明し、原告らが了承することが必要であるが、原告らは、本件共済契約の締結に当たり、本件契約書面を提示されたことはなく、被告から契約内容の説明を受けたこともなかった。

(三) 仮に、本件契約書面に記載された事項が原告らとの契約内容となるとしても、本件契約書面に記載された本件免責条項の免責事由の文言と、本件規約における文言とは異なっているから、本件契約書面は、共済契約の内容となる事項をあらかじめ正確に提示することを被告に義務付けている本件規約三条に反しており、やはりその効力はない。

2 本件免責条項の解釈について

被告は、被告の共済事業の特質や本件免責条項の文言から、本件免責条項にいう損害は、地震と因果関係のある火災によって生じた損害を広く含むと主張するが、理由がない。

火災保険契約においては、現在、地震免責条項として「地震によって生じた損害(これらの事由によって発生した火災が延焼または拡大して生じた損害及び発生原因の如何を問わず火災がこれらの事由によって延焼または拡大して生じた損害を含む。)」との文言が用いられているのが一般であり、右文言、特に括弧書部分は、新潟地震の際に地震免責条項の解釈が争われたことから、昭和五〇年に表現が改められ、免責範囲が広げられたものであるところ、本件免責条項は、そのような改定が全くされていない。そして、一般に普通契約約款の文言は、契約の相手方である一般人の理解を基準にして解釈を行うべきことや、解釈に疑義がある場合には約款作成者に不利な方向で解釈すべきであって、作成者に有利な類推・拡張解釈はすべきでないことからすると、本件免責条項は、火災保険契約における地震免責条項のうち括弧書き部分を含まないものと解するべきである。さらに、本件契約書面に記載された条項の文言には、「原因が直接であると間接であるとを問わず」との部分がないことからすれば、本件地震免責条項にいう損害とは、地震によって直接に生じた火元の火災による損害のみを意味すると解さざるを得ない。

3 立証責任について

我が国における火災保険契約上の地震免責約款については、解釈上、保険者において、地震面積約款の適用があること、すなわち、生じた損害と地震との間に因果関係があることを主張立証すべきであることは争いがない。本件免責条項も、地震面積約款であるから、原告らは損害の発生の事実のみを主張立証すれば足り、生じた損害と地震との間に因果関係があることは、被告が主張立証すべき事項である。

4 本件火災と本件地震との因果関係について

(一) 被告は、統計上の数字を引用して、本件地震後一〇日間に多数の火災が発生していることから、本件地震後六日目に生じた本件火災も右地震と因果関係があると推定される旨主張する。しかし、本件火災が発生した当日には、神戸市長田区内で発生した火災は一件のみであり、そのころには、地震後の混乱状態は既に収まっていたのであるから、被告の引用する統計をもって、本件火災を地震と因果関係のある火災と推定することはできない。

(二) 被告は、細木方において、本件地震によって異常を来した屋内配線が通電により熱を持ち、易可燃物に引火したと主張する。しかし、本件火災が発生した一月二三日には、細木方では、インク、紙などは本来の場所に置いてあり、それらが散乱していたことはない。また、細木方の配電盤等の電気設備や機械への配線は、出火場所とされる同人方南東付近ではなく、西側に設置されており、細木は電源を切ってから同人方を出ている。さらに、本件火災現場付近に通電があったのは一月二一日であり、本件火災は、通電後二日が経過して発生しているから、本件地震によって異常を来した屋内配線への通電によって加熱発火したとは考え難い。

(三) 被告は、原告ら住民が建物に通常の状態で居住していたならば本件火災が生じることはなく、本件火災は、当時、付近住民が損壊した建物を放置して不在にしていたことによって発生し、また、消火が遅れたものであるから、本件地震が間接的な原因となっていると主張する。

しかし、一般に住民が不在であることは出火原因とはならない上、本件火災の第一発見者である清水が、当時、不審人物を発見するなど、放火による出火の可能性も指摘されているところ、放火であるならば、住民の不在は出火原因に影響がないから、住民の不在を本件火災の出火原因とすることはできない。

また、本件火災が発生したころには、本件地震の発生後数日が経過しており、付近住民も昼間は自宅に戻っており、夜間は避難所に寝泊まりしていた住民が多いものの、本件火災が発生したころには自宅で生活していた住民もあり、盗難の防止や防火のために自警団による見回りが行われていたのであって、住民が不在であったとはいえない。特に、出火場所と考えられる細木方には、細木が、本件地震後毎日、片付けのために出入りしており、本件火災当日は、印刷機械の修理工や取引先社長も細木方に出入りしていたのであるから、不在であったとはいえない。

さらに、本件火災は、発生後三分程度で発見され、消防署への通報後約五分で消防車が到着しているのであって、消火が遅れたということはできない。消防隊による消火活動も、消火栓が使用できないことを前提として、川の水や海水の使用を計画し、本件火災に対しても、四〇トンの防火水槽の貯水を使い切った後には、兵庫運河からの取水により対処しているから、消火活動が十分に行われなかったということはできない。本件火災が延焼したのは、出火場所が印刷工場でインク等の可燃物が置かれていたという特殊な事情や、本件火災現場付近は住宅が密集していたこと等の事情によるのである。

5 兵庫県民生活協同組合(以下「県民生協」という。)の共済金支払等について

千久太郎は、本件各建物の近隣に所在する所有建物について、県民共済との間で火災共済契約を締結していたが、右建物が本件火災により全焼の損害を被ったため、右共済契約に基づいて共済金の支払請求をしたところ、県民生協は、地震免責条項を適用せず、共済金として二四八〇万円の支払をした。被告と県民共済は、いずれも生協法により設立され、同法に基づいて火災共済事業を行い、ほぼ同内容の地震免責条項を規定している。

また、前記のように、原告申は、東京海上との間で締結していた火災保険契約に基づき、同社から火災保険金の支払を受けているが、同契約には本件免責条項よりも免責される範囲が広いと考えられる地震免責条項が規定されているにもかかわらず、東京海上は、同条項を適用しなかったのである。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1のうち(一)の事実及び同(二)中、被告が神戸市において火災共済事業を行うものであること、同2の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件各目的物に生じた損害と本件火災との因果関係について被告は、右因果関係を争うので検討する。

1  証拠(甲八《以下の認定に反する部分を除く。》、一二ないし一九、検甲三の1・2、乙四の1ないし3、一〇、証人細木光清、同清水義彦、同藤井義信、同細木謙次《以下の認定に反する部分を除く。》、原告ら各本人)によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  許建物は、本件地震当時、築後二五年以上を経た木造瓦葺二階建建物であり、本件地震により台所のガラス戸が割れるなどの損傷を受けた。

原告金は、本件地震当時、許建物に二人の娘と同居しており、一階に和洋タンス、和タンス、洋タンス、鏡台、水屋大・小、ビデオ付きカラーテレビ、冷蔵庫大・小、テーブル・椅子セット、洗濯機、クーラー各一のほか、有田焼等の高級食器類を置いており、二階には、洋タンス大・小、和タンス、カラーテレビ、ステレオ、ベッド、クーラー各一を置き、また、娘二人が多数の貴金属、宝石、衣類等を所有しており、本件地震により、テレビや洋タンスが倒れたり、水屋に入っていた食器が落ちて割れたりした。

(二)  申建物は、昭和四七年に新築された木造二階建建物であり、原告申は、これを昭和五四年に土地・建物を併せて一三〇〇万円で購入し、本件地震の五、六年前に七〇〇万円をかけて改装したものであるが、本件地震により玄関の壁が一部剥がれ、玄関ドアのガラス、浴室床に損傷を受けたものの、柱が傾いたり屋根や瓦が壊れるなどしたことはなかった。

(三)  原告全は、全建物を本件地震当時は物置として使用しており、右建物中に、タンス、食卓、テレビ、ストーブ等の所帯道具一式を置いていたが、本件地震により全建物は玄関ドアが外れて斜めに倒れるなどの損傷を受けた。

(四)  許建物に居住していた原告金、申建物に居住していた原告申は、本件地震後、昼間は、右各建物に出入りして家財の片付けをするなどしていたが、夜間は、停電していたことや余震があったことなどから、付近の刈藻中学校等の避難所に寝泊まりしていた。

(五)  本件火災により、許建物、全建物は、その中の家財も含めて全焼した。

(六)  本件火災により、申建物は、建物の南側及び西側にある玄関付近の屋根が焼損し、また、消火の際の放水を浴び、消防署の被災証明では、半焼と認定されている。

被告は、火災共済に加入していた被災組合員に対し、一律一万円に、被害程度と契約口数とに応じた割合の額(全焼の場合は契約一口につき四〇〇〇円、半焼・一部焼の場合は同二〇〇〇円)を付加して、見舞金(以下「本件見舞金」という。)として支払うこととした。原告申は、四月一四日ころ、被告に対し、本件火災により申建物が半焼したとして見舞金の請求をし、被告は、申建物が半焼・一部焼に該当するとして算定した見舞金を支払った。

原告申は、東京海上との間で、申建物について保険金額を一〇〇〇万円とする住宅火災保険契約を締結していたが、同社は、四月一三日、原告申の立会いにより、本件火災による原告申の損害額が二五〇万六一二〇円である旨を認定した。その際、同社の担当者は、原告申に対し、損害額の算定について「建物が古くなっている上、半焼であるので、半分の半焼で四分の一である」旨の説明をし、同年五月一五日に同杜から右額の保険金が交付された。

2  本件調査報告書(甲八)中には、「現場付近は木造住宅が密集した地域で、建物は地震により全壊あるいは半壊しており」との記載や「建物内のタンス、水屋等の家財道具が倒れ、この上に建物の構造材が積み重なっているため、火災の初期は火流がこれらの物品に沿って伸びた後、瞬間的に上部に延焼した」との記載があるが、右報告書を作成した長田消防署の藤井義信消防指令補(以下「藤井」という。)は、実際に調査をしたわけではなく、立会人等から付近の建物が本件地震により全壊ないし半壊したと聞いたことから、推測を交えて右各記載をしたのであるから(証人藤井義信の証言)、右各記載は右認定を左右するものではない。

3  右認定事実によれば、本件各建物は、本件地震により一部損傷したものの、いずれも、本件地震後も依然として、建物としての基幹部分を保持しており、未だ滅失したということはできないというべきである。また、その内部に置かれていた家財についても、本件建物の右被災状況に照らすと、ある程度の損傷を受けたことは推測できるとしても、その価値の大部分は、本件地震後も残存していたものと推認することができる。そうだとすれば、少なくとも、本件建物及びその内部の家財のうち本件地震により損傷を受けなかった部分については、本件火災により、その全部又は一部を焼失し、あるいは、消火の際の放水を浴びたためにその価値を失ったものと認めることができる。

したがって、右の範囲で本件各目的物に生じた損害は、本件火災に起因するものというべきである。

三  本件免責条項についての検討

本件規約中に本件免責条項が規定されていることは、当事者間に争いがない。

1  本件免責条項の拘束力について

当事者間に争いのない請求原因2の事実と乙三四、検乙一〇の1ないし6及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、「被告の定款及び共済事業規約の記載内容を了承して共済契約の申込みをする」旨が欄外に記載された申込書(検乙一〇の2)に住所・氏名や共済目的物などの所定の事項を記載して、それぞれ被告に対し本件各共済契約を申し込み、被告がこれを承諾して本件各共済契約が締結されたことが認められる。また、被告が火災共済契約の締結をする際には、①契約申込書(控え)、②契約申込書(被告用)、③契約証書兼領収書、④課税所得控除火災共済掛金証明書、⑤本件契約書面の五通の書面が複写式一組となった書式(検乙一〇の1ないし6)を用いており、申込者が被告担当者に対し共済掛金を支払った場合には被告担当者がその場で交付する方法により、また、申込者が銀行預金口座等からの自動引落し等の方法で被告に共済掛金を支払った場合には郵送の方法で、いずれの場合も、右③ないし⑤の書類を契約者に交付する方法がとられていることが認められる(乙三四)。そうすると、原告らについてもこれと同様の扱いがされたことが推定されるのであって、これを覆すに足りる証拠はない。そして、本件契約書面には、「共済金をお支払いできない場合」として、「(7) …地震《略》によって生じた損害の場合」と本件免責条項の概要が記載されている。以上のことからすれば、原告らは、本件免責条項を含む本件規約による意思をもって契約したものと推定されるというべきである。

原告らは、被告から本件規約について説明を受けたことはない旨主張し、これに沿う供述ないし陳述(甲一五ないし一七)をし、また、本件契約書面に記載された免責条項の文言が本件規約中の文言とは異なっている旨主張するのであるが、これらの事項は、原告らが本件免責条項を含む本件規約による意思をもって契約したとの前記推定を覆すに足りるものではなく、その他に右推定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件規約は本件共済契約の内容となっているものと認められるのであって、原告らは、本件規約中の本件免責条項の効力を受けるというべきである。

2  本件免責条項の「火災」の意義について

原告らは、本件免責条項は、火元火災にのみ適用され、延焼火災には適用されないと主張する。

しかし、本件規約二条の二(1)号は、「『火災』とは、人の意思に反し又は放火により発生し、人の意思に反して拡大する消火の必要のある燃焼現象であって、これを消火するために、消火施設又はこれと同程度の効果のあるものの利用を必要とする状態をいう」と定義し、また、本件規約は、「火災」と「延焼」とを特に区別して規定していないことからすれば、本件規約中における「火災は」、火元火災に限らず延焼火災も含む趣旨であると解さざるを得ない。そうすると、本件免責条項の「原因が直接であると間接であるとを問わず」との文言は、火元のみならず延焼火災にもかかわることになり、延焼火災が地震を直接又は間接の原因としている場合には、本件免責条項の適用を受けることになる。

原告らの右主張は、火災保険契約における地震免責条項の規定の仕方及びその経緯を根拠とするものであるが、火災保険契約と本件規約は規定を異にするから、右改定経緯をもって原告らの主張を裏付ける根拠とすることはできない。また、本件契約書面に「原因が直接であると間接であるとを問わず」との文言がないとしても、原告らが本件規約による意思をもって本件共済契約をしたものと認められることは先にみたとおりであるから、この点も右解釈を妨げるものではない。

3  本件地震と本件火災との因果関係についての主張・立証責任

免責約款を有する損害保険契約については、一般に、特段の定めがされていない限り、法理論上、被保険者が保険事故により損害が発生したことについて主張・立証責任を負い、これに対して、保険者側が免責事由について主張・立証責任を負うものというべきである。そして、右の理は、損害保険と同様に損害に対する共済金の支払を事業内容とし、また、同様の免責約款を有する本件各共済契約についても妥当するものと解される。

そこで、本件規約について、これと異なる特段の定めがされているかをみるに、本件規約は、二条で、「この組合が行う火災共済事業は、共済契約者から共済掛金の支払を受け、共済の目的につき、一定期間内に生じた火災、破裂又は爆発、航空機の墜落(航空機からの落下物を含む。以下同じ。)及び落雷(以下「火災等」という。)による損害(消防又は避難に伴う損害を含む。以下同じ。)を共済事故とし、当該共済事故の発生により共済金を支払うことを約する事業とする。」と火災共済事業を定義し、これを受けて、一九条一項は、「この組合は、この規約に従い、火災等の事故によって共済の目的について生じた損害に対して、損害共済金を支払う。」とし、二〇条一項で、「この組合は、共済の目的につき火災等によって損害が生じた場合であっても、その損害が次に掲げる損害に該当するときには、第一九条の共済金を支払わない。」とし、その(5)号で「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災等による損害」と定めていることが認められる。

そうすると、本件規約においても、右特段の定めはされていないのであるから、火災共済契約者が被告に対して共済金を請求するためには、共済の目的に生じた損害が「火災」によって生じたことを主張・立証すれば足り、「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震又は噴火によって生じた火災等による損害」であることは、免責事由であるから、被告がこれを主張・立証すべきである。

被告は、被告の火災共済事業は、組合員の平時の相互生活共済を図る事業であり、予測不可能な損害又はいったん発生すれば膨大になる可能性がある損害を共済金により補填することを予定していないから、原告らにおいて、本件火災による損害が本件火災共済の対象である火災であること、換言すれば、地震に直接又は間接に起因する火災でないことを主張・立証すべき旨主張するが、採用することはできない。

四  本件地震と本件火災との因果関係(本件免責条項による免責事由の存在)について

1  事実経緯

証拠(甲八《以下の認定に反する部分を除く。》、乙一二ないし一九、二四ないし二七、三〇ないし三三、三五ないし三九、四一の1ないし3、四二、証人細木光清、同清水義彦、同藤井義信、同細木謙次《以下の認定に反する部分を除く。》、原告ら各本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件地震の発生と被害状況

(1) 神戸大学震災研究会編による「大震災一〇〇日の軌跡」(乙一三)などによれば、一月一七日午前五時四六分、北緯三四度三六分、東経一三五度〇三分、深さ約一四キロメートルを震源とするマグニチュード7.2の本件地震が発生した。本件地震は、地殻の浅いところで発生した典型的な都市直下型内陸地震であり、これによる地面の揺れは、被告の事業地域である神戸市周辺において観測史上最高の震度七の激震あるいは超震度七と測定された。本件各建物から約二キロメートル西方のJR鷹取駅前に設置された地震計は最大加速度六三五ガル、最大速度一三八カインと観測された。

(2) 神戸市消防局の編集による「阪神・淡路大震災における消防活動の記録」(乙三一)などによれば、一月一七日の本震後、同月三一日までに余震は一三二〇回に上り、うち有感地震は一五〇回を数えた。本件火災が発生した同月二三日にも震度三のもの二回を含め四回の有感余震があった。

(3) 神戸市消防局が作成した「平成七年兵庫県南部地震における神戸市の被害と消防活動の概要」(乙一八)によると、本件地震による神戸市の死者は四五一二名、負傷者は一万四六七九名に上り、神戸市民生局が作成した「平成七年兵庫県南部地震神戸市災害対策本部民生部の記録」(乙一六)によると、避難者の人数は、一月二四日には最大総数二三万六八九九名に及んだ。また、朝日新聞社が編集した「阪神・淡路大震災誌」(乙三〇)によると、本件地震により神戸市域において合計五万四九四九棟の建物が全壊し、三万一七八三棟の建物が半壊した。長田区では、一万二五一五棟が全壊し、四九九四棟が半壊した。

前記「阪神・淡路大震災誌」(乙三〇)などによると、本件地震により、神戸市及びその周辺における交通施設も著しい被害を受け、JR神戸線は甲子園口・西明石間が、阪急電鉄神戸線は西宮北口・三宮間が、阪神電鉄は甲子園・元町間が、山陽電鉄は明石以東が、神戸高速鉄道及び神戸市営地下鉄は全線が不通であり、一月二三日から代替バスの運行が開始された。

また、関西電力株式会社作成の「阪神・淡路大震災復旧記録」(乙三五)によれば、本件地震により、神戸市では、高圧総回線数一万二一〇九回線のうち六四九回線が損傷し(関西電力兵庫営業所管内では二七八回線のうち一二六回線が損傷)、その結果、神戸市全域及び周辺都市を併せて合計二六〇万軒が停電し、一月二三日午後三時に全市域に仮復旧が完了したが、現実には送電されていない家屋が多数あった。

また、神戸市作成の「阪神・淡路大震災―神戸市の記録一九九五年―」(乙一二)によると、本件地震により、神戸市では、貯水施設破損五か所、上下水道施設破損一〇か所、送水施設破損五か所、配水施設破損一三か所のほか、多数か所で給・配水管損傷があり、その結果、神戸市が上水道を供給している六五万戸全戸が断水し、市内各所に配置されている消火栓も断水し、一月二三日当時も復旧されていなかった。

都市ガスの供給は、本件地震後、神戸全域で停止され、一月二三日当時も再開されていなかった。

(4) 神戸市消防局作成の「神戸消防の動き(平成七年度消防白書)」(乙二四)などによれば、本件地震直後には、市内約六〇か所(長田区では一三か所、以下、本項における括弧内の数値は長田区のもの)で同時多発的に火災が発生し、本件地震後一〇日間の神戸市における火災の発生状況は、一月一七日が一〇九件(一七件)、同月一八日が一四件(一件)、同月一九日が一五件(四件)、同月二〇日が八件(二件)、同月二一日が五件(〇件)、同月二二日が三件(〇件)、同月二三日が六件(一件《本件火災》)、同月二四日が三件(〇件)、同月二五日が九件(一件)、同月二六日が三件(〇件)の合計一七五件(二七件)である。そのうち出火原因が判明しているものは八一件である。

(二)  本件各建物付近の本件地震前後の状況

(1) 本件建物付近の建物の位置関係等は別紙(三)記載のとおりであり、木造建物が密集しており、許建物及び細木方の西側通路の幅は約1.4メートル、東側路地の幅は0.6メートルであり、いずれも自動車が入ることができなかった。

(2) 梅ヶ香町の住民の大部分は、本件地震後、避難所などに避難し生活していたが、自宅に残った住民を中心として、盗難防止及び防火を目的として自発的に自警団を組織し、同町を東西の二ブロックに分けて、町内の見回り等により警備に当たっていた。

(3) 本件地震後、梅ヶ香町一帯は送電が停止されていたが、一月一八日午後には、梅ヶ香町配電線について送電可能な箇所の送電が開始され、同月二〇日ころには同配電線の全域に送電が完了した。梅ヶ香町内の各建物内に送電が再開された日時は同一ではないが、同月二一日ころには送電が再開された建物が多かった。また、送電の再開にあたっては、事前に電力会社係員らが各建物を訪れ、漏電の有無を検査した。自警団は、見回りの際に、留守中の建物の電気メーターが動いているのを発見した場合には、家の中に入ってブレーカーを下ろしていた。

(4) 許建物の北隣にある細木方は、一階が印刷工場で、二階には細木の母親が住んでおり、風呂はなく、台所は二階の南西側にあった。細木方一階の印刷工場には、西側入口から入って左にA3型印刷機、右に菊全型印刷機、入口正面奥に版焼機があり、これらの機械に配電する電気設備は、西側壁に設置されていた。右機械への配線は、いずれもブレーカーと直結していた。屋内には、缶入りのインクを蓋をした状態で西側通路寄りに置いていたほか、印刷用紙等が保管されていた。また、建物の西側外にテントを張って、その下にインクを落とすための灯油が置いてあり、一階南東部のトイレ横の屋内に、インクを拭き取ったりするのに使用する灯油の付いたボロ布類を置いていた。また、一階には、ストーブは置かれていなかった。

細木方は、本件地震によって、建物全体が南側に傾き、入口のドアが外れ、ガラスが壊れていたほか、屋内では積み上げていた印刷用紙の一部が崩れ、固定していた印刷機械がずれる等したが、インクなどが床にこぼれ出すようなことはなかった。また、印刷機械の配線等の損傷はなかった。

細木は、本件地震後、日中は細木方で一階の印刷工場の後片付け等をし、夜は他所で寝泊まりをしていた。細木方に送電が再開された日時は不明であるが、一月二三日ころには通電していた。細木方には、一月二三日に印刷機械の修理工が来て、本件地震により位置がずれた機械を元の位置に戻す等の作業を行ったほか、取引先の社長の訪問があり、細木らは午後七時過ぎまで細木方にいた。

(三)  本件火災の発生と消火状況等

(1) 清水は、一月二三日午後七時四五分ころ、細木方から約五〇メートル北方の長谷工作所において自警団の夜警の打合せをしていた際に、「火事だ」という声を聞き、表に出たところ、細木方の裏手(東南側)付近から炎が上がっているのを発見し、消防署への連絡を手配して細木方に駆け付けた。清水が火事を発見してから二、三分で細木方表(西側)に来ると、火は許建物の二階まで上がっており、細木方の東側の路地から火の手が上に抜けているのが見えた。細木方一階内部では一面火の海というほどではなかったが、インク等が燃えており、印刷機械に燃え移ろうとしていた。清水は、本件地震後の火災発生に備えて、同人宅付近の駐車場にあった潜函ポンプを使用するために、同所に約六〇〇リットルの水を貯水しており、清水や付近住民は右ポンプなどを用いて消火に当たったが、消火はできなかった。

(2) 長田消防署では、本件地震により庁舎内の電話、水道等の設備が損傷したほか、庁舎の周囲の道路が陥没し、庁舎建物にも一部亀裂が入ったが、一月二三日当時は、消防車の出動には支障がなかった。また、同署では、断水により消火栓が使えないことから、刈藻川に土のうを積んで簡易な貯水槽のようにし、また同川の水を貯水槽に張り増しして、火災には、それら貯水槽や河川・海の水、さらに各都市からの応援のタンク車、水槽車で対処するよう対策を講じていた。

長田消防署では、一月二三日午後七時五二分、本件火災発生の通報を受け、同署の消防車五台及び応援の他署の消防車二九台(二トン積載のタンク車九台、一〇トン積載の水槽車三台を含む。)が出動し、約五分後に同署の南東約九〇〇メートルの地点にある本件火災現場に到着した。梅ヶ香町付近は本件地震により配管が損傷したため断水が続いており、本件火災現場付近に一三基設置されていた消火栓は使用不能であった。本件火災現場に臨場した消防士達は、同所から約二五〇メートル離れたところにある防火水槽(貯水能力四〇トン)並びに出勤したタンク車及び水槽車から取水して放水すると共に、本件火災現場から約五〇〇メートル離れた兵庫運河からポンプ車で取水し、本件火災現場まで中継送水して放水した。その結果、同日午後九時三〇分ころには、新たな延焼のおそれはなくなり、約七七二平方メートルを焼失して、翌二四日午前一時三〇分ころ、本件火災は鎮火した。

(3) 本件火災当時、天候は曇、風速毎秒一メートルの風が東向きに吹いており、気温は摂氏一一度、湿度は、相対湿度八九パーセント、実効湿度七二パーセントで、気象注意報ないし警報は出ていなかった。

(4) 長田消防署は、一月三〇日、藤井の指揮のもと、清水らの立会いを得て、本件火災の状況等について実況見分を行った。藤井は、本件火災現場に消防車が到着した時点の火災の状況から、本件火災の出火時刻を通報の一〇分くらい前の同月二三日午後七時四二分ころと判断し、本件火災現場の建物の焼損状況から、本件火災の出火場所は、細木方の南東部分付近ないし細木方に隣接する大島方の北東部分付近であると判断したが、出火場所や原因の特定のために炭化物を取り除いて行う発掘調査をしなかったことから、本件火災の出火場所や原因を特定できず、出火原因は不明として、本件調査報告書(甲八)を作成した。

(四)  本件各建物が本件地震により一部損壊を受けたものの、その根幹的な部分は損傷なく保持していたが、本件火災によって、全焼あるいは半焼したことは先に認定したとおりである。

2  右認定事実に照らして検討するに、本件免責条項にいう「原因が直接であると間接であるとを問わず、地震《略》によって生じた火災」というのは、社会通念上、火災の発生・拡大が地震と相当因果関係にある場合を意味すると解されるが、右判断には、当時の火災発生状況や消防活動に関係のある社会状況等、火災の発生・拡大に影響を及ぼす諸般の事情をも考慮すべきである。

(一)  右認定事実によれば、本件火災の発生が本件地震を直接の原因とするものではないことは明らかである。

(二) 前記のとおり、本件地震は大規模なものであり、これによって惹起された社会的混乱は顕著なものがあったが、本件火災は、本件地震発生から六日後の一月二三日に発生したものであり、当初の混乱は収束に向いつつあり、送電も再開され、火災が頻発するような状況にはなく、長田区内においても当日発生した火災は本件火災のみであったことからすれば、本件火災の発生が当然に本件地震と相当因果関係にあるものと推定することはできない。

(三)  被告は、本件地震によって細木方が半壊状態になり、それに伴って屋内配線の一部に何らかの異常が生じて、送電の再開とともに発熱し、その熱により細木方一階南東部トイレ横に置かれていた灯油の付いたボロ布類が着火した旨主張する。

しかし、前記認定のとおり、同人方の配電設備は、出火場所と考えられる一階東南部トイレ横付近ではなく、西側壁に設けられていたことからすれば、送電の再開が出火原因であると考えることは困難である。

(四)  右認定した事実によれば、本件火災の出火場所は、細木方南東角付近であることが推認されるものの、出火場所が細木方屋内であるか屋外であるかを判別することはできないし、同所付近には、細木方屋内外ともに、格別出火原因となるような火元も認められないのであって、結局、出火原因を特定することは困難であるといわざるを得ない。

なお、証人清水義彦は、本件火災現場に駆け付ける際に、現場付近で不審な外国人を見かけた旨証言するが、それから直ちに右不審人物が放火したとまで推認することはできない。

(五)  被告は、本件地震のため火元建物等に住民が不在であったことや断水の影響等を本件火災の拡大の原因であると主張するので検討する。

(1) 本件火災の発見の遅れについて

被告は、本件火災の出火当時は、付近住民が避難して不在であり、そのため本件火災の発見が遅れ、本件火災に至った旨主張する。

しかし、先にみたとおり、火元が細木方屋内か屋外かも不明であり、また、本件火災の出火は夜間であるから、付近住民が避難していなければ出火を容易に発見することができたとは必ずしもいえない。また、本件地震後、梅ヶ香町の住民のうちには自宅に残った者も相当数おり、細木も当日午後七時過ぎころまで細木方にいたこと、自宅に残った住民等を中心として自警団が組織され、本件地震前には行われていなかった見回り活動などを行っていたこと、本件火災の出火が同日午後七時四二分ころとすれば、その三分後には発見されていることは、それぞれ前記認定のとおりであるから、本件火災当時、平常の場合と比して、出火の発見が困難であったとは必ずしもいえず、また、本件地震がなく細木が在宅していれば、清水よりも早く発見することができたとも認め難い。

(2) 初期消火の不奏効について

被告は、本件火災の出火当時、本件火災現場付近は断水していた上、建物が損壊していたため消防車の到着が平均的時間(神戸市の平成六年度の統計で約一七分)より遅れ、細木方も無人であったことから、初期消火が行われず、本件火災が拡大した旨主張する。

しかし、一月二三日午後七時四五分ころ、清水が本件火災を発見したときには、約五〇メートル離れた地点から炎が上がっているのが見え、その数分後、清水が細木方に駆け付けたときには、細木方一階は未だ一面火の海という状況ではなかったにせよ、火は既に細木方南隣の許建物の二階まで上がっており、東側路地から火の手が上に抜けているのが見えたというのであって、既にその時点で相当の火勢であったものと認められる。

清水は、本件地震後の火災の発生に備えて、あらかじめ、付近にあった潜函ポンプの使用のため、貯水(約六〇〇リットル)しておいたのであり、清水や付近の住民は、右潜函ポンプを用いるなどして消火に当たったものの、右火勢のために消火することができなかったのである。しかし、本件火災現場が狭い通路を挟んで木造住宅の密集する地域であること、細木方一階にはインク等の易可燃物があり、既に、これらに引火して燃え上がっていたことを考慮すると、平常の断水のない状態であれば、右以上の初期消火活動が可能であって、火災の拡大を防止し得たと直ちにいうことはできない。

また、清水が細木方に到着してから数分も経たないと思われる同日午後七時五七分ころ、長田消防署から消防車が到着しており、出火時から一五分程度で到着したものと認められるから、平常の場合に比して、到着が特に遅延したとも認め難い。

なお、証人藤井義信は、平常であれば、火災の通報があってから三分程度で現場に到着できるのに、本件火災の場合には道路状況から五分程度を要したと証言している。しかし、右証言に具体的な根拠があるわけではなく、推測に基づくものと考えられるのであって、直ちには採用できない上、仮にそのような遅れがあったとしても、前記の本件火災現場の状況や当時の火勢からすれば、右遅れが火災の拡大に重大な影響を与えたものとも認め難い。

(3) 消防隊到着後の消防状況について

被告は、消防隊の到着後も、断水等の影響により十分な消火活動ができず、火災の拡大につながった旨主張する。

しかし、消防隊は、消火栓が使えないことを予定してタンク車及び水槽車で運んできた合計四八トンの水、本件火災現場から約二五〇メートル離れた場所にある防火水槽に貯水されていた四〇トンの水(証人藤井義彦の証言によれば、ポンプ車一台で四栓を出して約三〇分放水し、建物一軒程度の火災であれば抑えることのできる水量である。)及びポンプ車を使って兵庫運河から送る水と併せて放水して、消火活動に当たり、結局、同日午後九時三〇分ころ本件火災を鎮圧したのである。また、本件火災現場は、自動車が入ることができない木造住宅の密集地であり、いったん出火すれば、仮に地震による断水がない状態であったとしても、これを消火し延焼を阻止することは非常に困難であったことが窺われる。さらに、本件火災は、細木方のインク等の易可燃物に引火して消防車が到着した時点で既に広範囲に燃え広がっていたのである。これらの事情に加えて、本件火災当時、長田区では本件火災以外に火災は起こっておらず、長田消防署としてはその保有する消防力を本件火災に集中することができたはずであることをも考慮すれば、本件地震による断水の影響により消防活動にある程度の支障を生じたとしても、このために、平常の場合であれば阻止することができた本件火災の拡大を阻止することができなかったとまで認めることはできない。

なお、証人清水義彦の証言中には、消防隊が到着後、水がないために消火活動に手間取り、放水までにかなり時間がかかった旨の部分があるが、右証言によっても、具体的にどの程度の遅延を来したかは明らかではない上、実際には、消防隊は前記認定のとおりタンク車や水槽車で水を運んできていることや、本件火災現場が自動車の入ることのできない住宅密集地であり、平常の場合でも消火活動に手間取るのは避けられないと思われることに照らすと、火災の拡大に影響を及ぼす程度の遅延が生じたとまで認めることは困難である。

3 以上のとおりであるから、結局、本件全証拠によっても、本件地震及びこれに起因する断水等の間接的な事情が影響したことにより、本件火災が発生し、あるいはこれが延焼拡大したものとまでは認めるに足りないというべきである。

したがって、本件免責条項の適用による免責を主張する被告の抗弁は理由がないことに帰する。

五  原告らの損害額について

被告は、本件火災によって原告らに生じた損害額を争うので検討する。

1  本件規約における損害額等の定め

本件規約によれば、共済金の支払額を定めるにあたって、損害の額及び共済の目的物の価額は、その損害が生じた場所及び時における価額によることとされている(本件規約二二条七項)。また、共済金額は、共済契約一口につき一〇万円とされ、共済掛金は、共済契約口数に応じて定められる(本件規約九条)。

2  原告許に生じた損害額

原告許は、被告との間で、平成六年一二月一九日、契約期間を平成六年一二月二〇日正午から平成七年一二月二〇日正午までとし、許建物を目的として共済金額を五〇〇万円とする共済契約1が締結された(当事者間に争いがない。)。そして、原告許が、本件共済契約の締結にあたり、殊更に、その価値に相当するよりも多額の共済掛金を支払うべき理由は見出し難く、その後、本件地震までの間に、許建物の状況が大きく変更されたことは認められないことからすれば、許建物は、本件地震当時、五〇〇万円を下らない価値を有していたと認めるのが相当である。

しかしながら、前記認定したように、許建物は、本件地震により一部損傷を受けていたのであり(これによる損害は、本件地震の地震動による直接的な損害であって、本件火災との間に相当因果関係を認めることができないから、共済契約1による共済事故とは認められない。)、本件火災までに右損傷を修繕したなどの事情は認められないから、右損傷程度を勘案すれば、本件火災当時の許建物の価値は、四五〇万円程度であったと認めるのが相当である。

そして、許建物が本件火災により全焼したことは前記認定のとおりであるから、原告許が本件火災により許建物を焼失したことによって被った損害額は、四五〇万円と認めるのが相当である。

3  原告全に生じた損害額

原告全は、被告との間で、平成六年六月六日、契約期間を平成六年六月六日正午から平成七年六月六日正午までとし、全建物を目的として共済金額を一〇〇万円、その中の家財を目的として共済金額を一〇〇万円とする共済契約2を締結した(当事者間に争いがない。)。そして、原告全が、本件共済契約の締結にあたり、殊更に、その価値に相当するよりも多額の共済掛金を支払うべき理由は見出し難く、その後、本件地震までの間に、全建物や家財の状況に大きな変動があったことは認められないことからすれば、右共済目的物は、本件地震当時、それぞれ一〇〇万円を下らない価値を有していたと認めるのが相当である。

しかし、全建物が本件地震により一部損傷したことは前記認定のとおりであり、その内部に保管されていた家財も、先に認定した品目に照らせば、一部損傷することは免れなかったものと推認される(これらの損傷による損害が共済契約2の対象とならないことは許建物について述べたところと同じである。)ところ、本件火災までに右損傷を修繕したなどの事情は認められないから、右損傷程度を勘案すれば、本件火災当時の全建物及びその内部の価値は、一八〇万円程度であったとものと認めるのが相当である。

そして、全建物が、その内部にあった家財も含めて、本件火災によって焼失したことは前記認定のとおりであるから、原告全が本件火災により全建物及びその内部の家財を焼失したことによって被った損害額は、一八〇万円と認めるのが相当である。

4  原告申に生じた損害額

原告申は、被告との間で、平成六年一二月九日、契約期間を平成六年一二月九日正午から平成七年一二月九日正午とし、申建物を目的として共済金額一二〇〇万円、その内部の家財を目的として共済金額六〇〇万円とする共済契約3を締結した(当事者間に争いがない。)。そして、原告申が、本件共済契約の締結にあたり、殊更に、その価値に相当するよりも多額の共済掛金を支払うべき理由は見出し難く、その後、本件地震までの間に、申建物や家財の状況に大きな変動があったことは認められないことからすれば、本件地震当時、申建物は一二〇〇万円、その内部の家財は六〇〇万円をそれぞれ下らない価値を有していたと認めるのが相当である。

しかしながら、申建物が本件地震により一部損傷したことは前記認定のとおりであり、その内部に保管されていた家財も、本件地震の規模や被害状況に照らして一部損傷することは免れなかったものと推認される(それによる損害が共済契約3の対象とならないことは許建物について述べたところと同じである。)が、その後本件火災までの間にこれを修繕したなどの事情は認められないから、右損傷程度を勘案すれば、本件火災当時、申建物及びその内部の家財の価値は合計一六二〇万円程度であったと認めるのが相当である。なお、前記認定したところによれば、東京海上が、本件火災当時の申建物の価値を、経年等の事情から五〇〇万円程度と判断しているものと考えられるが、必ずしもその根拠は明らかではなく、右認定を左右するものではない。

そして、申建物は、本件火災により、建物の南側及び西側にある玄関付近の屋根が焼損したこと、本件火災の消火活動による放水を受けたことは想像に難くないこと、消防署の被災証明では半焼との認定であったこと、原告申は、四月一四日ころ、被告に対し、本件火災により申建物が半焼したとして本件見舞金の請求をし、被告は、申建物は半焼・一部焼に該当するものとして本件見舞金を支払ったこと、東京海上は、本件火災による申建物の被害を半焼と判断して、保険金を支払っているものと考えられることなどの事情に照らせば、申建物及びその内部の家財は、本件火災によりその価値の半分、すなわち、八一〇万円程度の損害を被ったと認めるのが相当である。

なお、原告申は、区役所の罹災証明では全壊との認定であった旨供述するが、実際にそのような区役所の罹災証明であったとしても、地図上の判断であって、実地調査をしたものではないから(原告申)、その信用性を高く評価することはできず、他に申建物が全焼であったことを認めるに足りる証拠はない。

5  原告金に生じた損害額

原告金は、被告との間で、平成六年一二月二六日、契約期間を平成六年一二月二六日正午から平成七年一二月二六日正午とし、許建物内部の家財を目的として共済金額を五〇〇万円とする共済契約4を締結した(当事者間に争いがない。)ところで、原告金の供述及び陳述(甲一七)、同原告の娘らのメモ(甲一八、一九)によれば、右娘らは、合計二〇〇万円程度の価値を有する貴金属、宝石類を所有していたところ、右共済契約当時、同原告方の家財は、右貴金属、宝石類を含んで五〇〇万円程度の価値を有していたものと認められる。しかるに、本件規約(七条三項(6))によれば、貴金属、宝石類は共済の目的に含まれないから、右契約当時の共済目的物の価値は、右貴金属、宝石類の価値を除いた三〇〇万円程度であったものと認めるのが相当である。そして、右契約後、本件地震までの間に、共済の目的となった家財の状況に大きな変動があったことは認められないことからすれば、本件地震当時においても、共済の目的であった家財は、右額の価値を有していたと認めるのが相当である。

しかしながら、許建物が本件地震により一部損傷し、また、その内部の原告金の家財も一部損壊したものがあることは前記認定のとおりであり(それによる損害が共済契約4の対象とならないことは、許建物について述べたところと同じである。)、その後、本件火災までの間にこれを修繕したなどの事情は認められないから、右損傷の程度を勘案すれば、本件火災当時、共済の目的であった家財の価値は二七〇万円程度であったと認めるのが相当である。

そして、本件火災により、許建物とともにその内部にあった原告金の家財が全焼したことは、前記認定のとおりであるから、原告金が本件火災により家財を焼失したことにより被った損害額は、二七〇万円と認めるのが相当である。

六  遅延損害金について

原告らは、本件共済金請求の附帯請求として、共済事故の発生した日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告は、被告の火災共済事業には商法は適用されないとして争う。

そこで検討するに、共済契約そのものは、絶対的商行為にあたるものではない。また、被告は、生協法により組合員及び会員に最大の奉仕をすることを目的とし、営利を目的として事業を行ってはならないとされ、行うことができる事業の種類も限定されているのであるから(同法九条、一〇条)、仮に、被告の行う火災共済事業が商法上の「保険」にあたるとしても、被告は商法四条一項にいう商行為を為すを「業トスル者」には該当せず、被告を商人ということはできない。そして、原告らが商人であることの主張・立証もないから、本件共済契約をもって営業的商行為、あるいは附属的商行為とみることもできない。原告は、被告の火災共済事業が全国規模で再共済され、その事業費が多額に上っていると主張するが、そのような事実が認められるとしても、そのことが、被告の商人性を基礎づけるものであると認めることはできない。

したがって、この点についての原告らの主張は理由がなく、本件共済金請求の附帯請求である遅延損害金請求は、当事者間に特段の合意がない以上、民法所定の年五分の割合によるべきである。

七  よって、原告らの請求は、被告に対し、原告許に対し四五〇万円、同全に対し一八〇万円、同申に対し八一〇万円、同金に対し二七〇万円及びこれらに対する本件各共済契約における共済事故である本件各目的物の焼失の日の翌日である平成七年一月二四日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度であるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条、六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤西芳文 裁判官甲斐野正行 裁判官井川真志)

別紙<省略>

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